喪女の結婚

あるいは幽霊を見ないこと

喪女と美容、あるいは迷走①スチーマー

喪女なのに美容(というより整容レベル)を頑張ろうとしている。

ナノケアスチーマー買っちゃって、完全にモノから入るタイプだ。

金をかけたからといって、実践しなければ意味がないのだ。

ナノケアをひと月ほど使った感想は、個人的には、目に見えて効果は感じない。

というよりも、ナノケア以前は、肌に無頓着すぎて、どういう状態だったか覚えていないのだった。もともとアレルギー持ちで、荒れている肌を見るのが嫌で、保湿もせずにいた。化粧水は、塗った方がいいという人と、塗らない方がいいという説もあって、あと肌が弱いからかぶれるかどうかわからないし、何を信じていいのかわからなかった。ナノケアも、効果があるという人もないという人もいて、わからなかった。

で、とりあえずナノケアを使って、使った後は保湿しないと逆に乾燥するというのを聞いて怖くて、化粧水を使うようになった。それと、やっている間ひまだから、体用の保湿剤とか、ドライヤーとか、爪とかケアをするようになったから総合的な美容力(?)は上昇しつつある。

ナノケアしている時間って、「何もしなくていいことを許されている時間」だから落ち着くのだろうか。時間を有意義に使わないといけないという強迫観念があって、例えば、ご飯とか、トイレとか、風呂とか、寝るとか、そういう生活に最低限必要なこと以外の時間には、有意義にしなければ無為に人生が過ぎ去ってしまうという強迫観念のようなものをうっすら感じていて、それを振り払うべく、食とか睡眠とかに逃げることが昔からよくあった。それらの行為は生活に必要だから行うことが許されているから無為に過ごしているわけではないという謎理論により、一層時間を無為に過ごしていた。

ナノケアは全然生活に必要な行為じゃないけど、このことをしている間はどうせ何もできないから有意義に過ごさなくても大丈夫って思えて落ち着くのかもしれない。

チャイを飲みながら、アマゾンプライムでsatc見たりドライヤーしたりしてる時間が結構落ち着けて、私にとってのいい効果だと思った。

これが習慣化できればいいなあと思いつつ。

喪女の自分改造計画

喪女だけど、自分改造計画(外見)をしようと思って、今日から始めます。

(何回もやって何回も挫折しているけれども)

生き霊男のことがまだ考えてしまうので、朝からずっとアルコールばかり取ってて、眠れなくて、これ以上はダメだ、と思って、自分で自分を傷つけて、誰かが救ってくれるのを待っているのはやめようと思って、とりあえず何かしていたら少しは精神が大丈夫でしょうと思って。

まず、「自分を変えたい」とか「美人になりたい」で検索すると出て来たまとめ記事のままに行動しようと思った。

痩せろ、外見、ファッションという文字。外見も、肌、髪、化粧に大別される。

それぞれの科目をこなせば私が変わる日も近い…と思ったが、

それ以前の整容が私はできていないので、そこから頑張りたい。

足の爪切りとか面倒くさくて伸びるまでほっておいてしまうのだ。

 

月に2回、自分を振り返る時間をとる。

手足の爪切り、ネイル、鼻毛カッターでの鼻毛切除、脇毛そり、外出用帽子の洗濯、ポーチの中身の補充を行う。

及び年に4回、服及び下着の新調を計画する。

 

痩身部門

脂質に偏りすぎた食事を改善する。

運動を行う。

 

外見部門

眉毛エステで正しい眉毛の形を理解する

肌を保湿する。

髪を染める。なんかつける。トリートメントする。

いずれはメイクを頑張る

 

よし、オラワクワクしてきたぞー

そのためにはまず汚部屋をどうにかせねばならなくてな…

 

劣等感との対峙

自分でないものになろうとすると苦しいんだなってわかっている。

喪女だけど、家事できるようになろうって思って今週、料理教室の体験講座に申し込んだ。

ほぼほぼ初対面のメンバーだったけど、若い女性がいて、白くて綺麗で可愛くて今時な感じで、でも話をちゃんとみんなにふったり名前を覚えていたりして、すごいなって思っていた。で、他の誰かが、若いでしょ?って白美女子に聞いたら、白美女子は26歳ですってなって、あ、私と1歳しか違わないのに、老けてるなって泣きそうになった。で、実は皮膚科医で、だから肌綺麗なんだねーってみんなが言うと、何にもしてないんですよ、って彼女は答えて、慢性肌荒れ(自分の生活習慣が悪いのはわかっているけど)の私はもうそこで劣等感に押しつぶされそうになった。本当に、百人が百人でもいい子だって思うだろうなって思うと、もし私の好きな人、例えば生き霊男とか他に好きになれた人がいたとしても、彼女のことを好きになっちゃうんだろうなって思うと、泣きたくなった。私は選ばれないって言う言葉が頭をぐるぐるしている。私は選ばれない。身の程をわきまえなさい。そもそも彼女と自分を比べるって、どんだけ自分を高く置いてんのや。彼女だって医者になるのにどんだけ頑張ったんかわかっているのか、彼女の苦労を知っているのか、比べるのは傲慢すぎるってわかっているけど、気持ちが止まらない、惨めさが止まらない。

お料理は美味しかったです。

 

 

彼ピッピ爆誕そしてむなしい

彼ピッピが爆誕してしまった。

優しい同僚氏。

ありがとうございますこんなこんな底辺の洞穴の底にいる私を見つけてくださってありがとうございますという感謝の気持ちでいっぱいだ

でもむなしい

中学生みたいなデートをして、どっと疲れて帰ってしまう

満たされているのかどうか分からないけどすごくむなしい

虚しさを楽しんでいる節すらある

生き霊男は悲しいくらいそっけなくて、それが一因であるのは分かっているけれども、ここに至ってまだ生き霊男かよ?もう大人になれよ、もう大人になれよ

という声が聞こえるけれども私は一人で生きていけないのに、生き霊男がいない世界で生きていくなら一人しか選択肢がないじゃないか。

愛想笑い、社交辞令、もういっそ近づかないでくださった方が良いのでは?

私はとてもむなしいんだよ

とてもむなしい

とてもむなしい

 

理想を書くだけならタダ

 

だから喪女なんだって、っていう声が自分の中から聞こえるけど

頑張って消す

 

セールで狙っていたスーツとかパンツとか

数日見ない間にことごとく売り切れていてすごく後悔している

縁がなかったんだって思って、切り替えたいけれども

決断力の無さにすごく引きずってしまう

だから喪女なんだ、だから喪女なんだ

そうじゃねーだろ

 

理想を書こうと思ったけど書く気力を失ってしまった

 

 

なんかもう生きるのどーでもいい(あるいは喪女の自己改革)

なんかもう生きるのどーでもいいみたいな気持ちになるじゃないか

なんかずっとテンション下がっていて、わーこれは通り雨みたいなもので

じっとしていれば過ぎ去るから落ち着いて待っていようとおもうけど

どうにもどうもそうもいかなくてこう言うことを繰り返している間に人生がものすごい

速さで過ぎ去って私が死んで行くのを感じる

結婚できるのかな

して幸せになるのかな

したいのかな

つれー

マジつれー

と思ったので、とりあえずカフェイン断ちをしようと思いました

ハーブティーを買ってこようね

 

目的の王国にて

今年はもう生き霊男に会えない

生き霊男が降ってくる三千大千世界の雪になって降ってくる

みたいなことを考えながら過ごしていると気が狂いそうになってくる

占い屋さんへ行こうかなと思って、そんな、占いとか信じて金を使うからダメなんじゃないんですかって思うけど、と言うのは、自分の選択や意思を自分でないものに委ねてしまうのって無責任ではないかと思う。自分じゃないものに決めてもらえないと決めてもらうことができないなんて。だからモジョなんだよって、モジョであることの理由をことあるごとに確認しようとする。大いなる自虐。意味はないよ。そんなことをしたって意味はないんだよ。

 

生き霊男は、生き霊男と私が一緒に仕事している時のパフォーマンスはいいけど、私が一人ですると途端にダメになるので、「頼ってるよね」って言われたことがあって、本当にその通りだと思ったけど、その後続けて「でも今は頼っていいよ」って言われて、それが本当に何だか泣けるほど嬉しかったことを思い出した。依存的なのはわかっているけれども、自分を丸投げにできるほど依存したいと言う欲望を生き霊男は満たしてくださるのではないか。それゆえに私は生き霊男を愛するのではないか。生き霊男は単なる手段なのではないか。私を受け入れて欲しいと言う手段なのではないか。他者を手段としてのみ使ってはならんと偉い人が言っていたけど、それってどうやって判別するの?